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記事一覧

勝見城②

西砦へさすがに佐久穂町でも雪は残っていました、西砦の本丸周囲には三段の段曲輪が西・北・東に構築されています。北側の段曲輪段曲輪を見てから、西尾根に戻り見下ろしています。中央の窪みは宮坂武男氏によると天水溜まりだそうです。縄張り図は「信濃の山城と館」1佐久編より、勝見城の一部(説明状西砦としています。)主郭部は東尾根を250mほど先にあります。北は下方です。天水溜まりの西下の巨岩が尾根道を阻んでいま...

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勝見城

笹平城(南牧村)は本丸を補足して終了しています。勝見城は長野県佐久穂町余地にあります。この山城は武田信玄が小幡信貞に居城として与えたものです。この小幡信貞をこの城に封じた狙いは、余地峠を越えれば南牧村磐戸に出て、まさに桧沢合戦の地、笹平城に向かうことができます。余地峠地図(右にスクロールすれば南牧村が分かります。)勝見城地図佐久穂町の国道299号線で余地入口の信号から、二又を右手に進み、交番を過ぎ...

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明智光秀と土岐定政とは従兄弟であった。

講演会「沼田藩三万五千石、大名始祖となった土岐明智定政―明智光秀と土岐定政は従兄弟だった!?―」 カテゴリー: マイミュージアムギャラリー関連催し物, 大人向け催し物, 講演会  沼田土岐氏第19代土岐實光氏が所蔵する土岐家関係資料が、昭和54年沼田市に寄贈されました。これらの資料は、群馬県立歴史博物館の寄託資料となり、小野瀨氏は長年調査研究に携わってきました。令和元年に沼田市歴史資料館が開館...

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土岐氏と道三との戦い

土岐氏と道三の戦い、詳細に 山県の十五社神社、古文書に記す 斎藤道三と土岐氏との戦いの詳細が書かれた古文書を手にする加藤禰宜=山県市大桑で  美濃国の守護大名・土岐氏が居城とし、斎藤道三の下克上で落城した大桑(おおが)城(山県市大桑)の戦いの様子が、地元の十五社神社の宮司宅に残る江戸時代に書かれた文書に記されていた。専門家や市教委によると大桑城の落城の場面を詳細に...

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笹平城

笹平城は群馬県南牧村大日方にあります。笹平城地図国道254号線の信号仲町から南に地方道45号線をひたすら進み、桧沢大橋のところで地方道93号線に入ります。93号線に入り600mくらいに、この表示板があります。表示板の反対側の村道を登ります。50mくらいのところで路駐いたします。道が切れて、この右手の細道を進み、小屋を左折し登ります。小屋から30mくらいに墓地への道を登ります。墓地を越えて、この斜面...

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